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【映画レビュー】「俳優は俳優だ」MBLAQ イジュンが演技で満たした映画“俳優、それ以上を見せた”


写真=キム・ギドクフィルム
劇と現実を混同する演技の初心者オ・ヨン(MBLAQ イジュン)は、演劇の舞台の上で自身の感情に酔い、相手役の女優の首を容赦なく締め付ける。この光景に驚いた監督とスタッフは舞台に飛び出して彼を止め、一瞬のうちに会場は修羅場と化す。監督は公演を台無しにした彼を、演技の「え」の字も知らないとんでもない奴だと激しく批判する。それでもオ・ヨンは演技が好きだ。自分のやりたい演技ができるのであれば、どうなっても構わない。マネージャーのキム・ジャンホ(ソ・ボムソク)がそんなオ・ヨンの魅力に気付き、一緒に仕事をすることを提案する。最初は提案を断っていたオ・ヨンも、スターでなければやりたい演技ができないというのがこの業界の掟だということを悟り、マネージャーと手を組む。一瞬にして脇役から助演に急上昇し、オ・ヨンは主演よりも注目を浴びる演技で、あっという間にスターダムにのし上がる。

劇と現実を混同している無名俳優オ・ヨンのように、映画も劇と現実を織り交ぜる。映画はタイトルロールを掲げる前まで、劇場の外でマネキンに話しをかけるオ・ヨンと、実際演劇の舞台で演技をしているオ・ヨンを交互に映して見せる。この時に面白いのは、舞台でオ・ヨンは実際の状況のように役に入り込んで演技をする感じである一方、逆に劇場の外でオ・ヨンは、マネキンを相手にしているため、誰が見ても演技をしているように見えるが、頭のおかしい人にも見えるということだ。周りを見渡すと、子供が携帯電話のカメラでオ・ヨンを撮っている。映画はこのシーンを通じて“舞台”と“カメラ”という装置の存在が俳優の演技を“本物の演技”に見せてくれるというメッセージを伝える。

映画の中盤にも、これとほぼ同じように演出されたシーンがもう1度登場する。オ・ヨンが演技のできない女優(ミン・ジオ)と揉めるシーンだが、2人はもめていた中、いきなり車の中で抱き合う。巧妙な編集は、これを映画ではなく実際の状況のように描写する。本当のように抱き合った2人が車から降りると、監督がカットサインを出して、スタッフたちが近づく。このシーンをよく見てみると、2人が撮る映画のタイトルもまた「俳優は俳優だ」ということに気付く。

映画はこのように劇と現実を織り交ぜたシーンを通じて我々の人生も1本の映画のようで、我々もまた、それぞれの映画で演技をする俳優と違わないというメッセージを与える。




「それぞれの映画の中で、我々もまた俳優だ」

映画は演技だけを純粋に追い求めた無名の俳優オ・ヨンが“人気”という毒を味わい、純粋だった本質を失って堕落する過程を描いている。映画の序盤に無名の俳優オ・ヨンが見せたありのままの荒削りな魅力は、スター俳優オ・ヨンになると酒によって見せる空元気へと変わる。また、したくないことはしないと堂々と言っていた彼の度胸も、汚い裏取引が飛び交う弱肉強食の世界の前では屈してしまう。

映画は無名のオ・ヨンが人気を得てスターになる過程を映しながら、芸能界の醜い裏側を一つ一つ暴いていく。俳優のキャスティングにおける裏取引、キャスティングされるために接待する俳優たち、スターになれず水商売で食いつなぐ女性たち等々。社会を騒がせた不都合な真実たちがオ・ヨンの周りに満ちている。

しかし、ここで問題は、映画がこのような状況は特別な必然性もなく羅列するだけというところにある。特に、組織暴力団のボスを演じるマ・ドンソクとオ・ヨンが対面するシーンは“カメオ出演の消費用”シーンにしか見えず、映画の展開にどう役立っているのか分からない。この他にも、強制的に荒くタフに演出されたシーンが目障りだったりもするが、わざと誇張された世界を演出して現実を隠したかったのか、それとも現実はこれよりも酷いため、できるだけ誇張したのかが明確でない。そのようなシーンの登場によって映画全体が曖昧になってしまった面がある。

同じくオ・ヨンの屈曲を描くエピソードがストーリー全体に繋がらず、映画はオ・ヨンの人生に集中して何かを語りたいのか、それとも俳優たちの世界が表から見えるように美しいわけではないという逆説に重点を置きたいのか教えてくれない。そのため、オ・ヨンに集中するとオ・ヨン役を演じたイジュンだけが目に入り、映画の内容に集中すると既に目に見えている芸能界の実状だけが見える。

ただ、オ・ヨンを演じたイジュンは、この映画の足りない部分を十分に満たした。アイドルグループMBLAQのイジュン、MBC「私たち結婚しました」などのバラエティ番組のイジュンを消しただけでも拍手を送るつもりだったが、イジュンはそれ以上を成し遂げた。初の主演であり、ほぼすべてのシーンに登場する負担を背負ったにもかかわらず、彼の演技は特に文句を言うところもなく見事だった。イジュンの他にも義理のある友達であり、逞しいマネージャーを演じたカン・シンヒョと、悪辣なマネージャー役のソ・ボムソクも魅力的な演技を披露して注目を浴びた。

映画でオ・ヨンは、自身が足を踏み入れたこの世界が、むしろ自身を飲み込みそうになる度に過去を求める。母に電話をかけ、友達を求め、演劇の舞台に訪れるのは、汚い世界に慣れてしまった自身を否定する行為であると同時に、本来演技だけを求めていた純粋さを回復したいという意志を示す。結局、オ・ヨンがどん底に落ちたにもかからわず、再び俳優という名前で現場に現れることができたのは、このような意志が生きていたためだ。映画は女優(ソ・ヨンヒ)の一言の台詞で何もかも一からやり直さなければならないオ・ヨン、そして我々を慰める。

「私たちはいつも堂々巡りです」
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